投資で失敗というと、
- 高値掴み
- 狼狽売り
- 個別株の大損
などを思い浮かべます。
しかし実際には、「何もしなかったことで失う利益」も存在します。
法律や経営の世界ではこれを
「作為の罪」
「不作為の罪」
と表現することがあります。
投資でも同じことが起こります。
作為の罪とは
何らかの行動を起こした結果の失敗です。
例えば
- 暴落で慌てて売却
- 流行株への飛び乗り
- レバレッジ商品の買いすぎ
- SNSの煽りで売買
など。
損失が目に見えるため強く記憶に残ります。
<例>
2020年3月のコロナショック。
恐怖から全て売却した投資家は多くいました。
しかし市場はその後急回復。
売ったという行動が大きな機会損失につながりました。
不作為の罪とは
一方で何もしないことによる失敗です。
例えば
- 投資を始めない
- NISAを使わない
- 現金だけで保有する
- 学習を先延ばしにする
など。
こちらは損失が見えません。
だから気づきにくいのです。
私自身も不作為の罪を選びかけていた
私自身、投資を始めた頃は、給料より大きなお金を投資に回すことに強い抵抗がありました。
頭では長期投資の重要性を理解していても、実際にまとまった金額を市場に投じるとなると話は別です。「もし暴落したらどうしよう」という不安が常にありました。
それでも少しずつ投資の勉強を続け、実際に積立や運用を経験する中で、徐々に投資額を増やせるようになりました。
振り返ると幸運だったのは、その時期の相場環境です。私が投資額を増やしたタイミングでは市場が比較的好調で、資産が増える経験を積むことができました。
もちろん、長期投資という観点では話は少し複雑です。本来であれば、投資を始めた直後に暴落が来た方が、将来の期待リターンは高くなります。安い価格で多くの口数を買えるからです。
それでも、もし当時の私が大きな下落を経験していたらどうだったでしょうか。理屈では「むしろチャンスだ」と理解していても、投資を続ける自信を失っていたかもしれません。
結果論ではありますが、最初の時期に資産が増える経験ができたことは、投資を継続する上で大きな支えになりました。
今思えば、私にとっての最大のリスクは相場の下落ではなく、「怖いから」と投資を始めないまま時間だけが過ぎていくことだったのかもしれません。
なぜ不作為の罪は見えにくいのか
誰しも100万円を失うと苦しいです。
しかし、100万円儲け損ねても口座残高は減りません。
人間は「失ったお金」には敏感ですが、「得られたはずのお金」には鈍感です。
心理学でいう機会損失の見落としです。
新NISAで考える不作為の罪
例えば毎月3万円を20年間積み立てた場合。
年利5%なら資産は約1,230万円。
元本は720万円です。
一方、
「もう少し勉強してから」
と5年間先送りすると、複利が働く時間を失います。
投資で最も貴重なのは、実はお金ではなく時間です。
作為の罪と不作為の罪、どちらが大きいか
短期では作為の罪。
長期では不作為の罪。
これが私の考えです。
なぜなら、長期投資では複利が味方になるからです。
多少の失敗は時間が吸収してくれます。
しかし投資を始めなければ、複利そのものが働きません。
まとめ
投資では
- 焦って行動しない
- しかし何もしないままでもいない
このバランスが重要です。
私たちは作為の罪を恐れるあまり、不作為の罪を見落としがちです。
将来振り返ったとき、「買ったことを後悔する」のか、
それとも
「あの時始めなかったことを後悔する」のか。
投資判断をするときは、ぜひ一度考えてみてください。
